支援利用者・支援者インタビュー

アルコールの発がんメカニズム、臓器間差を解き明かす
〜「媒介分析」で精緻な疫学的解析を進める〜

小栁 友理子

愛知県がんセンター研究所がん情報・対策研究分野主任研究員

対象は人、結果をそのまま人に当てはめられることが疫学の強み

 「医師になった当初より、治療よりも、予防に魅力を感じていました。疫学研究に出会って、自分のやりたかったことにあてはまる感じがしました」と、小栁友理子・愛知県がんセンター研究所がん情報・対策研究分野主任研究員は話す。
 医療が進歩したとはいえ、治療困難ながんはいまだに多くある。疫学研究を通じて、遺伝的な要因や生活習慣によってがんになるリスクの高い人をピックアップして、積極的に介入する。そうした個人個人にあわせた、がんの予防に繋がるデータを積み重ね、そのデータに基づく公衆衛生施策の立案に貢献したいと考えて、がん疫学の研究に進んだ。

 疫学は、対象が人であることに魅力があるという。得られた結果を、そのまま人に当てはめることができる点が強みだ。
 対象者の抽出が正しくなかったり、情報の収集方法を間違えていたり、解析手法が適切ではなかったりすると、誤った結果を導き出してしまう。「そういう意味で緊張感の伴う領域とも言えます。従って、常にそのリスクを頭に置きながら、データと向き合っています。妥当性の高い結果を導き出す作業は、苦しい作業ではありますが、同時に学問的に魅力的な部分でもあります」

遺伝子多型の影響は臓器によって異なっていた

 小栁氏らが、コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)の支援で行ったのは、飲酒と発がんの関係を詳しく調べる研究だ。
 アルコールは体内で代謝されてアセトアルデヒドになる。アセトアルデヒドは、顔が赤くなる、頭痛、吐き気などの中毒症状を引き起こすほか、がんの原因になる。
 ALDH2(アルデヒドデヒドロゲナーゼ2)の遺伝子上の特定の塩基がGからAに変異した遺伝子多型(Lysアレル)があると、アセトアルデヒドを解毒する力が落ちる。俗に「お酒に弱い」体質とも言われるが、日本人では約半数がこの遺伝子多型を持つことがわかっている。
 では、お酒に弱くなるこのLysアレルを持っていると、がんになるリスクは高くなるのか(直接効果)、それとも、悪酔いの苦い経験からお酒を控えるようになるので(間接効果)、むしろがんになりにくいのだろうか。
 小栁氏らは、のどや舌などの頭頸部がん、食道がん、胃がん、大腸がんなどの患者4,099人と、がんでない6,065人を比較して、Lysアレルと飲酒の関係を調べた。

 その結果、臓器によって影響の受け方が違うことが明らかになった。Lysアレルを持つ人は、直接効果で頭頸部がん、食道がん、胃がんのリスクが上昇するが、大腸がんのリスクは上がらない。一方、Lysアレルがもたらす飲酒抑制の間接効果によってリスクを下げる効果は、ほとんどの臓器で確かめられた(図)。成果は、Cancer Research 誌2020年4月号に掲載された。

図 rs671多型のLysアレルの直接効果・間接効果オッズ比

この研究で明らかになった重要な点は、アルコールががんを引き起こす仕組みは臓器によって異なるということだ。
 「今回の結果をもとに、飲酒による発がんメカニズムのさらなる解明や、遺伝的な違いを考慮したがん予防の促進に役立てたい」と小栁氏は話す。
 この研究の特徴は、媒介分析という手法を使って、Lysアレルを持つことで発がんリスクを上げる直接効果と飲酒を控えることにより発がんを予防する間接効果という二つの相反する効果を区別して解析したことだ。
 媒介分析は、心理学の分野で主に用いられていたが、2010年に肺がんの症例対象研究で解析に使われた論文が報告されて以降、がん疫学の分野でも少しずつ応用されるようになったという。

CoBiAの支援で、多数の質の高いデータが利用可能

 愛知県がんセンターでは、1988年から大規模病院疫学研究(HERPACC)を続けていた。これは同病院の初診患者さん全員に、質問票による詳細な生活習慣データの取得、カルテ情報の取得、血液の提供などをお願いし、研究に活用させていただくことで、将来のがんの予防や治療に役立てるために行われている研究である。
 小栁氏自身も、HERPACCに後続する研究で、初診患者一人一人に、研究の意義とその重要性を説明し、研究に参加してもらえるかの同意確認に携わっている。

 「ご自身の病気に対する不安で一杯な状況にも関わらず、多くの方々に『将来のがんの研究のためだったら』とご同意頂くのですが、その積み重ねは決して簡単なものではありません。25年間に約14万人もの方にご協力いただけたのは、本当に有り難いことです。参加者の皆さんに心から感謝し、研究に託された思いを将来のがん予防に繋げていきたいです。」と小栁氏。
 愛知県がんセンターはCoBiAから支援を受けている日本多施設共同コーホート(J-MICC)のサイトの一つだ。今回の研究は、HERPACCのがんと診断された方とがんと診断されていない対照者、合わせて約1万人を対象としている。CoBiAからは、全対象者の疾患の有無や疾患の詳細、生活習慣などのデータだけでなく、遺伝子多型を測定するための生体試料を提供してもらった。
 小栁氏は、CoBiA支援の最大のメリットは蓄積された多数の質の高い症例及び対照者のデータを利用することができることだという。
 例えば、全国で2018年に食道がんに罹った人は人口10万人あたり約20人だ。研究では約600例の食道がん症例を対象としたが、1年間で600例の食道がん症例のデータを集めようとすると、単純計算で300万人分の健常者のデータを調べることが必要になってくる。
 またデータの質についても、CoBiAには、緻密にデザインされた研究の枠組みの中で得られた生活習慣に関する質問票の情報や、がん登録データだけではなくカルテ情報も含めた詳細な診断情報など、非常に精度の高いデータが蓄積されているのが強みだという。
 小栁氏は「このような質の高い、多数例のデータを利用させていただくことで、自分の研究のアイディアをすぐに具現化できることがCoBiAから支援を受ける側の最大のメリットです」と話している。

(2022年5月31日インタビュー)

*感染対策を行い、取材・撮影を行いました。

小栁 友理子(こやなぎ・ゆりこ)
愛知県がんセンター研究所がん情報・対策研究分野主任研究員

岡山県倉敷市出身。2011年熊本大学医学部卒業。臨床研修修了後、2014年九州大学大学院博士課程(予防医学)入学。2016年名古屋大学大学院博士課程(疫学)転入学。医学博士。2018年4月より現職。

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