支援利用者・支援者インタビュー

一歩先の光学顕微鏡で研究を拓く
〜「生き物にやさしい」「速い」光シート顕微鏡による支援〜

野中 茂紀

自然科学研究機構 生命創成探究センター 生命時空間制御グループ 准教授 (兼任)時空間制御研究室 准教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 准教授

新型顕微鏡の担当になり「にわか勉強」

 「基本的に機械好きなんですよ」と野中茂紀・基礎生物学研究所(基生研)准教授は話す。
 小中学生のころは鉄道模型とそのジオラマ作り、中学高校では電子工作にはまった。最初は電子ブロックで遊び、その後は自分でICなどの部品を買ってきてはんだ付けして回路を組むようになった。

 作品の一つが鉄道模型のコントローラーだった。電圧を徐々に上げるとモーターは突然回り出すので、レールにただ直流を流すだけでは、電車は急発進し、不自然に見える。そこで小さなパルス電圧をかけることで、電車が滑らかに走り出すようにした。
 研究者になってからも、マウスの胚の左右非対称性を水流で制御する装置を作り、特許を出願したこともある。
 「顕微鏡用のチャンバーをシリコンゴムで固める作業をしていた時、ああ、やってることが40年前と変わらないなと思ったことがあります」と笑う。
 大学院の時は、ニューロサイエンスの研究室に所属した。そこで取り組んだ、神経に異常が出ることを期待して作ったノックアウトマウスが、体の左右が逆になる表現型を示したことに興味を持ち、発生学の研究室に転じた。その後ずっと、発生における左右性決定機構を探っている。
 留学後、基生研へ。欧州分子生物学研究所(EMBL)で開発された光シート顕微鏡を、国内で最初に基生研に導入するプロジェクトを担当した。
「それまでも顕微鏡を使っていましたが、普通のユーザーでしかなかった。だから慌ててにわか勉強しました。光シート顕微鏡は、根本的な原理が違う当時は黎明期の顕微鏡だったので、逆に素人の私にもとっつきやすかったと思っています」

組織や胚を丸ごと生きたまま観察

 生物分野でよく使われる光学顕微鏡の多くは、落射蛍光顕微鏡と呼ばれるタイプのものを基盤としている。見たい試料に含まれる緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光物質を励起させる光を照射するレンズと、発せられる蛍光を検出するレンズは、同一のものを使っている(図1)。


図1 顕微鏡の原理。左は通常の落射蛍光顕微鏡。焦点面以外からも蛍光が発せられ、ピンぼけの像を作ってしまう。
右は光シート顕微鏡。励起光を焦点面のみに照射することで光学切片像が得られる。


 一方、光シート顕微鏡は、励起する光を照射するレンズと、蛍光を検出するレンズは別々になっている。
 光シート顕微鏡は、2000年代後半に注目されるようになった。さらに2010年代に入って、理化学研究所のグループが生体組織を透明化して大きな組織を中まで見られるようにする技術を開発して以降、光シート顕微鏡の需要はさらに増えてきた。先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)の支援でも、透明化した試料を撮りたいというものが多いという。
 光シート顕微鏡の利点の一つは、生き物に優しいことだという。基本的に、励起光の照射は見ている試料に悪影響を与える。生きた試料が死んだり育たなくなったり、あるいは蛍光物質が褪色して暗くなってしまったりする。しかし光シート顕微鏡では照射部位が見たい平面に限られるので、悪影響は最小限に抑えられる。
 もう一つは、速いことだ。2光子顕微鏡や共焦点顕微鏡など、立体撮影によく使われる他の蛍光顕微鏡が基本的に「点」で撮影するのに対し、光シート顕微鏡は一度に平面が撮影できる。それを積み重ねれば良いので、撮影に要する時間が1ケタほど短くて済む。
 そして厚さが5mmあるような試料でも、透明でさえあれば薄切りにせずそのまま観察することができる。
 例えばマウスの脳で、神経細胞がどこからどこに向かっているか、どうつながっているかなどを調べるには、切らずに大きなまま調べられる利点は大きい。野中氏らは、マウスの脳をまるごと調べられるよう、1cm程度の試料まで撮影できるように基生研の光シート顕微鏡のバージョンアップを予定している。


画像処理も支援

 ABiSの支援で、光シート顕微鏡の技術が活かされた成果の一つは、東京大学などのグループが、ハエの幼虫の神経の活動を個体レベルで観察した研究だ。(J Neurogenet. 33:179-189)(図2)


図2 神経細胞の活動によって変化する蛍光を、ハエの幼虫の全身で高い時間分解能で観察した。

 この神経の活動の様子を見るためには速い撮影能力が必要だった。当時、野中氏らが自作した光シート顕微鏡は、最速で0.5秒で立体が撮影できた。今はもっと速いものもあるが、その時点では市販の一般的な顕微鏡では撮影できない時間解像度だった。支援の高い技術が生かされた例だ。
 慶應義塾大学などのグループが、マウスの三つの胚葉をそれぞれ別の種類の蛍光タンパク質で色分けして可視化し、追跡できるようにした研究では、野中氏らは透明化した14日胚の全体像を撮影し、雑誌の表紙を飾った。(Development 146 21 2019)(動画1)

動画1 マウスの三つの胚葉をそれぞれ別の種類の蛍光タンパク質で色分けして可視化し、追跡できるようにした。

 この支援は、通常とは異なる緊急支援だったそうだ。論文はすでにほぼできあがり、論文の査読が行われている段階で、編集部から「こんな動画が欲しい」と言われてからの、急ぎの支援要請だった。
 時間が限られており、撮影データも大きかったので、普段はPCで画像を処理するところを、基生研にあるバイオインフォマティクス用の大容量メモリを積んだマシンを使って手伝った。


 この例に限らず、光シート顕微鏡で撮影した数百GBにもなる巨大な画像データの処理は、研究者の悩みの種にもなっている。「画像処理のためのPCはこんなのがいいよとか、画像処理のソフトの使い方なども教えてあげないと、研究が進まない場合もあります」
「なにか見える」程度で終わらせずに、画像をきちんと解析したり、大量のデータを簡単なプログラムで自動化して処理したりする技術を教えるトレーニングコースも、ABiSでは開催している。ABiSには高度な画像解析を支援するチームもいるが、彼等のような画像の専門家との共同研究がスムーズに進むよう生物学者側に一定の知識を身につけてもらうこともコースのねらいだという。
「見るべき対象として、いいものを作っているのに、顕微鏡の知識があまりないせいで、生かしきれていない研究者も、いらっしゃると思います」
 光学顕微鏡も高性能のものは1億円近くする。身近で気軽に使える状況ではない。そのため、光シート顕微鏡に関しても、十分には知らない研究者はまだいるのだという。
 「遺伝子を操作するのがすごく得意な人、一方でイメージングが得意な人、お互いのことを案外知らないことがあります。お互いをよく知っている人は、従来の共同研究のやり方で手を組めていた。ABiSは、そういうつながりのない研究者の需要にも応えることが大事だと思っています」
 基本的に来るもの拒まずで、光学顕微鏡について、漠然とした質問も受けられる場でもあるという。
 「支援した相手に良い研究をしてもらえることが一番大事です。私の持っている知識が役立って、助かりましたと言ってもらえるとうれしいですね」

(2022年6月7日インタビュー)
*感染対策を行い、取材・撮影を行いました。

野中 茂紀(のなか・しげのり)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 生命時空間制御グループ 准教授 (兼任)時空間制御研究室 准教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 准教授

岐阜県出身。2000年4月 - 2003年11月大阪大学 細胞生体工学センター(現・生命機能研究科) 研究員。2003年11月 - 2006年1月カリフォルニア大学サンフランシスコ校 Visiting Scientist。2006年1月 より 現在基礎生物学研究所 時空間制御研究室 准教授。2018年4月より現職。基礎生物学研究所 時空間制御研究室 准教授も引き続き兼任。

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