上野 直人(基礎生物学研究所)
2016年に設立されたバイオイメージングの国際ネットワークGBIは、バイオイメージングの教育・技術水準の向上、顕微鏡等による画像取得やデータ管理の国際標準化、イメージング施設スタッフのキャリアパス形成などバイオイメージングを取り巻く諸問題に地球規模で取り組むためのコンソーシアムである。GBIは現在、欧州に加え、米国、カナダ、オーストラリア、シンガポール、インド、日本など14の国のネットワークからなり、この数年における参加国の増加によりその規模は急速に拡大しつつある。数年前から日本に対してはEoE会議開催の要請があったものの、パンデミックの影響により対面による会議が2度中止となり、ようやく2024年10月29日から31日まで、2日半にわたり愛知県岡崎市の岡崎コンファレンスセンターで開催することとなった。
毎回、EoE会議の前後にはバイオイメージングに関連するトレーニングコースやミーティングを開催することが要請されており、今回の日本開催においてはABiS国際シンポジウムを10月28日に開催することとした。海外から2名(EMBLのJan Ellenberg博士、UCアーバイン校のXiaoyu Shi博士)と日本からは2名のABiS支援者(名古屋大学/生理学研究所の和氣弘明博士および北海道大学の三上秀治博士)と量子科学技術研究開発機構の山田真希子博士の計5名による、ゲノム構造のイメージングからヒト脳機能の計測まで、階層を超えたバイオイメージングの最先端研究を紹介いただいた。
このABiS国際シンポジウムがプロローグとなり、翌日からEoE2024の幕が開けた。岡崎コンファレンスセンターの大会議室(大隅ホール)に集った167名、29カ国からの参加者が日本人参加者を大きく上回るまさにグローバルな会議であった。文部科学省からは研究振興局学術研究推進課、田畑磨課長による学術研究支援基盤形成事業の重要性を含めた開会のご挨拶をいただき、日本のABiSを中心とするバイオイメージングコミュニティのプレゼンスを示す良い機会となった。
今回のEoEではアジア諸国のバイオイメージング環境の整備とイメージデータの共有と管理という大きな二つのテーマが掲げられた。イメージデータを科学者共通のリソースとして共有し、いかに利活用するかという「オープンサイエンス」に直結する問題は、グローバルかつ喫緊の課題として認識されていたが、今回のEoEが各国のイメージング研究者、施設管理者がその問題について対面で議論する最初の機会となった。また、日本の顕微鏡メーカーからの参加者も含めて活発な議論を促すことを心がけた。バイオイメージングの発展のためには学術研究ばかりではなく、開発者とのコミュニケーション、フィードバックは重要であり、欧州ネットワーク(EuBI)のように企業の意見を反映するIndustrial Boardを設け、企業の開発者の視点で積極的にネットワーク運営に関わる環境を作っている欧米から学ぶべき点も多い。
バイオイメージングの環境は地域によって多様である。日本やシンガポールなどを除くアジア諸国のバイオイメージングはまだ発展途上にある。その地域性を浮き彫りにするために、今回はアジアからの講演者も多く招かれた。インドネシアの病理学者Ery Kus Dwianingsih博士からは、病理画像データの管理、共有、分析を支援するオープンソースのソフトウェアプラットフォームOMEROを用いて、病理標本の画像データを同国内でどのように共有し、また医学教育に用いているのかという実践にもとづいた事例紹介があった。インフラが十分でない中で試行錯誤をする姿を垣間見ることができた。同時に、こうした会議を通して技術を共有するグローバルコミュニティとしての課題を明らかにした。各国のイメージングインフラや施設におけるコミュニティ形成に向けた活動紹介のセッションでは日本の洲﨑悦生博士(順天堂大学)は、自らが開発した比較的安価で構築可能なライトシート顕微鏡descSPIMを組織・個体の透明化技術と組み合わせることのメリットは大きく、同技術が海外にも広く普及しつつあることを紹介した。今回のEoEのテーマのひとつであるアジアのバイオイメージング水準の向上のためには、ネットワーク形成は不可欠であるが、会場ではアジア諸国からの参加者がネットワーク形成に向けて具体的な議論を始めている姿も見られ、今後の発展が楽しみである。
EoEでは顕微鏡や観察技術ばかりでなく、イメージングやデータ管理を取り巻く科学政策にまで議論が及ぶ。Shaogfeng Hu博士(UNESCO)からは、国連が進めるオープンサイエンスの戦略やオープンサイエンスに必要な共通基準などについて講演があった。また、European Bioinformatics Institute(EBI)のJohanna McKentyre博士からF.A.I.R. (Findable, Accessible, Interoperative, Reusable)の原則に基づくデータの収集、アーカイブ化、利活用を促すしくみなどの取り組みについての紹介があった。効率良いデータの共有やアーカイブ化にはデータフォーマットの共通化が不可欠である。ドイツのイメージングコミュニティ(German BioImaging)からは、OMEROの中心人物の一人であるJosh Moore博士が顕微鏡や生物画像解析のための基盤形成の取り組みについて紹介し、また日本からは科学技術・学術制作研究所(NISTEP)の林和弘博士がオープンサイエンスの鍵となるデジタルデータやリソースに対して永続的な識別子を割り当てて、アクセスできるようにする仕組みPersistent Identifier(PID)について、その国家戦略などについて紹介された。顕微鏡画像を含めたデジタルデータ共有の重要性については各国が認識しているものの、その取り組みやグローバル戦略についてはまだ試行錯誤の段階といえるだろう。日本ではデータサイエンティストには同原則の存在や概念は知られているものの、まだ顕微鏡施設や一般研究者の研究に広く、また深く浸透し実装されているとは言い難い。データサイエンティストと実験科学者の対話も今後ますます必要とされるだろうとの印象を持った。
岡崎コンファレンスセンター前での集合写真(令和6年10月30日撮影)
こうした議論は、EoEに引き続いて10月31日の午後から11月1日に同じ会場で開催されたfoundingGIDE(Global Image Data Ecosystem)での、より具体的で専門的な議論へと展開した。
foundingGIDEは昨年始動したばかりのプロジェクトで、グローバルなバイオイメージングデータの共有と管理のための基盤を構築することを目指している。現在は欧州、日本(理化学研究所)、オーストラリアなどの国際的なパートナーが協力してデータを相互活用可能するため、標準的なメタデータやオントロジーの開発に取り組んでいる。この岡崎での会議が対面での第一回目の会議であり、今後こうした活動が米国を含む世界へと広がることが期待される。
こうしてABiS国際シンポジウムから幕を開け、EoE2024を中心に据えてfoundingGIDEで締めくくった5日間は、まさにバイオイメージングの国際的な祭典ともいえる1週間であった。それぞれ開催主体が異なるこれら3つのイベントを開催することは、事前の調整、ロジスティクスなどの点で容易ではなかったが、ABiSがホストとなって日本で開催できたことは、我が国のバイオイメージングネットワークの国際的な認知度向上につながったものと確信し、その意義は大きいと考える。今後このグローバルコミュニティがさらに成長し、生命科学の発展に大きく貢献することを祈るばかりである。
最後になりましたが、今回のABiS国際シンポジウムおよびEoE開催にあたりまして、多大なご支援をいただきました生命科学連携推進協議会に厚く御礼申し上げます。