中村卓郎(公益財団法人がん研究会 がん研究所)
2020年11月2日〜3日に開催されたKOMP2 & IMPC 2020 Annual Fall Meetingに昨年に引き続いて参加し、COVID-19が全世界的に感染拡大する中での遺伝子変異マウスのコンソーシアムの活動状況に触れる機会を得たので報告する。
昨年度の報告書にも記したが、IMPCは世界各国の26研究機関が参加するコンソーシアム(図1)で、遺伝子改変マウスの作製とターゲッティングコンストラクトやES細胞の保存を行い、マウスのフェノタイプ解析を行って研究成果の発信と情報共有を目的としている。日本からも理化学研究所バイオリソース研究センターが参加している。KOMP2は米国NIHの傘下期間のNational Human Genome Research Institute (NHGRI)が運営するプログラムで、IMPCと協同して活動を行っている。
例年のAnnual Meetingは、11月に米国メリーランド州ロックヴィルで開催されるが、今年はCOVID-19の感染蔓延により全てwebでの開催となった。2日間の日程で150名以上が参加し、1年間の活動状況、各グループの活動概要と成果、IMPCの活動から発展した個別の研究成果が紹介されるのは例年通りであったが、今回アジア太平洋地域のセッションが設けられて、オーストラリア、韓国、日本、中国、インドにおけるIMPC参加機関の活動内容が紹介されたことは目新しく感じられた。IMPCでは現在までに9719の蛋白をコードするマウス遺伝子に変異を作製し、その内の7371遺伝子変異によるフェノタイプデータを得ている。これはマウス全遺伝子の約3分の1を占めているが、2021年までに2分の1を目標としている。さらに、CRISPRシステムによる遺伝子改変技術を加速させることで、ヒトの疾患モデルとして年間1000モデルの作製を計画している。さらに、従来あまり手掛けられてこなかった、non-coding領域の変異マウスの作製を推進する予定である。同時に、複雑化するフェノタイプ解析のプラットフォームの整備と人材育成も目指している。
我々の先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)においても、モデル動物の解析を支援するプログラムとして病理形態、生理機能、分子プロファイリングが機能しているが、IMPCでは痛覚、循環器/代謝、免疫、行動、形態の解析に重点が置かれている。
COVID-19の広がりはIMPCの活動にも大きな影響をもたらしている。2020年2月から11月までの9ヶ月間における変異マウスは480ラインとそれ以前の9ヶ月の862ラインに対して大きく減少した。フェノタイプ解析された遺伝子数は931と直近の579を大きく上回る結果も見られた。しかしながら、繁殖コロニーの維持やマウス作製チームから解析チームへの受け渡し作業、ユーザーへのマウス提供に著しい遅れが生じている。また、個々の研究機関レベルでは、ロックダウンにより3〜6ヶ月の研究活動の遅延を余儀なくされたり、論文のレヴュープロセスやIMPC内のグループ間のコミュニケーションにも深刻な遅延が発生している。一方で、ブラジキニンベータ受容体ノックアウトマウスを初めとするCOVID-19モデルマウスのコンソーシアムを立ち上げるなど、迅速な対応も特筆される活動と捉えられた。
このような状況下では広報活動について一層の努力を払っていることが印象的であった。ホームページの充実は元より、ブログや新着ニュースに重きを置いていることが窺われた。ホームページ内でのCOVID-19のモデルマウスを紹介するページの新設(https://www.mousephenotype.org/understand/covid-19/)や、プレプリントサーバーであるbioRxivにIMPC専用チャンネルを設置する(https://connect.biorxiv.org/relate/summary.php?col=185)など、タイムリーな企画を次々に打ち出している。
個別の解析手法として興味深かったものとしては、胎生致死変異における胎児形態解析方法の自動化とマイクロCTの適用、10機関が参加する老化解析プロジェクト、機械学習を用いた炎症性の痛覚の評価系などが挙げられる。
アジア太平洋地域の7つの研究機関が発表したセッションでは、オーストラリア国立大学フェノミックスのマイクロCTを駆使した胎児解析、韓国延世大学における聴覚異常の解析、理化学研究所における行動解析プラットフォーム、中国医学科学院からのヒトACE2遺伝子を発現するCOVID-19のモデルマウス開発とその解析などが興味深かった。特に、中国からは3機関4演題が発表され、急速な研究の進捗が印象的であった。
また、以前から継続している米国遺伝学会との共同研究プロジェクトとして、横隔膜ヘルニアや軟骨腫症といった先天異常の症例のモデル化が注目される。ここでは、現在15症例に対して次世代シーケンスで同定されたゲノム変異をマウスに導入し異常の再現を目指している。中には56 kbに及ぶ重複や、エンハンサー領域のSNPsといった高度な遺伝子操作技術を要する対象も含まれるが、これまでに12のケースで成功している。このような大規模なプロジェクト型のモデル動物作製と解析は、AdAMSで行うことは主旨も異なり難しいが、先天異常疾患の理解と克服のため大きな科学的な貢献を果たすものと期待される。その他、ハプロ不全の体系的な解析計画や早期胎生致死の解析といった大規模共同研究プロジェクトも着実に進行していることが確認できた。
KOMP2/IMPCの活動状況とその研究成果は、AdAMSの今後の方針にも大変参考になると思われる。今後も積極的な情報交換を継続したい。